16.堂 本 × 福 士



いや昨日がお前の誕生日だったってことは俺マジでマジでマジで覚えてたんだって!携帯のスケジュールっつーかカレンダーにミチルちゃんハッピーバースデー☆とかっていれてたしーアラームとか鳴るようにしてーすげーお前の好きな曲にしてたしー誕生日メールとかも書いてたしー、ほら見てみろよこれ、いいこと書いてんだろ?な?すっげときめくだろ?な?でもさ、なんつーかさ、電池切れてたんだよ、電池。そんでさーしかもさーなんか今考えたらマジありえねーんだけどおとといなんか夜の10時くらいにマッハ眠気きてー30分寝よーとか思ってー寝てーまぁ携帯アラームになってっからいっかーとか思ってー、は?電池?いやあのー充電してたけど電源いれてなくてーうっかりしてたっつーかー、起きたら10時とかでー、12時間くらい寝ててー、ほんで起きて腹へってたからめしとか食ってたらなんかーババアが宿題やったかとか言い出してーおまえマジうぜーとか言ったらちょーキレだしてー、マジむかついてー、なんかすっきりしてーなとかなって外出たら加納先輩に会ってーそのままカラオケ行くとかなってー、歌ってたらなんか先輩が女呼べとか言い出してー、でー、俺今女いるからマジ無理っすとか言ったんだけどー、は?いやお前のこと、女じゃねーけどそこは女って言っといたほうがいいっしょ、ほんでーバレねーだろとか言われてしかたなくー加納先輩マジこえーしー青木さんとかにあいつ調子とか言われたら俺やべーしー3組のミチ呼び出してー、そしたらなんかそのツレの一人がマジありえねー顔でー、先輩が俺にそいつ押しつけて他のと消えてー、ミチに連れて帰れとか言ったんだけど何か今から男んとこ行くとか言って勝手に帰りやがってーまだカラオケフリータイムで時間あってー、したらなんかその女がすげー寄ってきてー乳とか押しつけてきてー、でも俺お前いるしー


「ちょっと黙れよ」

「あ?」

「つまりはお前は俺のことなんかすっかり忘れてたってわけだ」

「あー…」

「どうだったよ、久々の女の感触は」

「……アイーン」

「死ぬ気で謝んな、つーか死ね、今すぐ死ね、ここで死ね」



(8.26日記より修正)



17.亜 久 津 × 千 石



俺の住む町と隣の町の境には、河川というよりも用水路のように濁ったドブ川が流れている。自然の恵みというやつだろうか、その両側には先の戦争でも焼けなかった赤線宿が何十も軒を並べていた。


「あっくん、おごるよ。今日飲みに行かない?…あっくん、今日おれお金あるんだ、ちょっと飲みに行こう、あっくん」


更にその端には今にも潰れそうな風呂屋があった。風呂屋と言っても銭湯なんかではない、いわゆるソープランド、古い言い方をすればトルコ風呂というやつだ。


「あっくん」


そのソープに、もう何年もボーイで働いている男がいた。

出会いはゴミ捨て場だ。安い代わりに混ざりもんの多いシャブで野垂れ死にする一歩手前だった男を拾い何日か家に置いてやったことがきっかけで、野良だった男は何か適当な理由をつけては俺の尻を追いかけまわすようになった。


あっくんはね、おれの、神様なんだよ


細く筋張った体を組み敷くと、男はいつもそう言って笑った。この町では笑っていないと生きていけない、泣いていても腹は膨れない、教えてやったのは俺だ。


「あっくん、飲みに行きましょう…あっくん、遊んで」


男の働くソープランドは自分を売って贅沢をするために働く店ではない。生まれた時から人にだまされてだまされて、だまされて、だまされて、日本中をヤシの実のように流れ漂いさまよったババアが最後に辿り着く場所だった。まぁ、客なんかはめったに来ない。


「てめぇ、また金貸したのかよ」

「だってマリアさん、ダンナさんが大ケガして息子さんがタイホされて大変だって言うんだもん」

「この傷は」

「お姉さんたちになぐられた。客引きが悪いって」


男はそんなババア達に毎日毎日騙されている頭のたりない臆病者だ。弱い者はもっと弱い者に噛み付く。ババア達は今までイヤというほど辛い人生を送ってきただろうに、男に同じことをする。誰もがドブ川に顔を突っ込み続けたような人生しか知らないからだ。


「……?」


俺らが出会って2年目の秋の夜、ふと部屋の窓から外に目を向けると、前の電信柱に隠れるようにして男が立っていた。


「何やってんだお前」


ああ。誰か一人でも、人生で思いきり抱きしめてくれる奴が一人でもいれば、この町の奴らは、この町は、こんなクソみてぇな人生の佃煮にならなかったんじゃないか。


「…ふふ、あっくん、おれね、またやっちゃった」


誰もが幸せになりたいだけなのに。


「店のお姉さんたちの保証人になってハン押しちゃった。お姉さんたちみんな、逃げた、おれも今から、逃げる」

「……助けてやろうか」

「あはは、ダメだよ、そんなことしちゃぁ。それより、あっくんは幸せになってね。先に幸せになれるやつは幸せになってね」


誰もがただ、幸せに。


「ばいばい、あっくん」


それから、男がどうなったかだなんて知る由もない。ヤクザに追い込みをかけられた奴の末路なんて、余程の運でも持って生まれていなけりゃ、大体は決まっているものだ。季節は当ても無く過ぎ、男の顔も次第に曖昧になっていく。おそらく俺は、あいつのたった一人だった。あの夜、男を思いきり抱きしめてやりさえすれば、もしかすると全ては変わっていたのかもしれない。たった一人を失った俺は、おそらくゴミ捨て場で野垂れ死ぬだろう。この町では珍しくもないことだ。



俺は男の、名前を知らない。

西原理恵子「ぼくんち」パロディ 

(9.02日記より修正



18.跡 部 × 千 石



「今日から君のことをピエールと呼ぼうじゃないかダーリン」

「あぁ嘆かわしい、とうとうそのちっぽけな頭に虫が沸いたかマイスウィート」

「ピエール、ピエール」

「なんだいハニー」

「ハニーなんてやめて、おれはきみのはちみつなんかじゃあないんだよ」

「はちみつ」

「名前を呼んで」

「はちみつ」

「名前を」

「千石」

「名前を呼んで」

「…清純」

「ちがう、ちがうよピエール、わすれちゃったのおれはカトリーヌ」

「カトリーヌ?」

「ねぇ、あんなに愛しあったじゃないか、ライン川のほとりで出会い、ヴェネチアでゴンドラに揺られてキスをしたね、髪を撫でるきみの細い指、深い蒼、2つのまなざし、決して忘れない、忘れられるわけがない、ねぇピエール」

「千石清純」

「ピエール」

「…千」

「ピエール」

「……カトリーヌ」

「ありがとう、ありがとう、愛してるよピエール、おれたちは再びこうして出会えた、そして死に、何度も生まれ、出会い、
何千億年の時さえも越えておれたちは愛しあうんだ、ピエール、やっと出会えた、ピエール、きみは305年と8ヶ月と13日前、カトリーヌが自分のたったひとりの恋人だと神さまの前で誓ったんだよ」



(10.27日記より修正




19.南 × 千 石



冷たい小路の狭い日かげ、水晶のような海と明朗な大気、銀色のオリーブがいかめしい庭になびいている。子どもらがいろいろな物をあきなっている。貧しい人々がのんびり屈託なく、石がきにもたれ、金色のトカゲのそばで日なたぼっこをしている。陰気な幾月ものあいだ、私があこがれと夢と歌とのうちに心に描いたもののすべてが、明るく、幸福に向って開かれている。アーチ型の家が親しげにならんでいる。南国の果実が強くかおり、赤いブドウ酒が豪勢になみなみとつがれる、向こうの白い山のはずれに私の心は、遠い母国を求める、雲と風の冷たい国を―――


「何だそれ」

「ヘッセ。明日暗唱テストなんだぁ」

「そんなの聞かないぞ」

「ううん、跡部くんがね、好きなんだって。だからさ」


この先までは言うべきでないと判断したのだろう、彼はそれだけを口にするとまたきらきらと輝いた目で舌を器用に回転させ、軽快に続きをそらんじた。その一途さと賢明さが例えどんなに許されない感情から来るものであったとしても、誰も彼をここに留める権利を持ち得ることなどできない。2本の腕はあまりにも臆病だった。強くかおる南国の果実は俺を愛さなかった。



「甘い南国はけっして私のものにはならない」

「楽園はけっして私を入れてくれない」

「大人はけっして子どもにはならない」

ヘッセ「南国」 訳:高橋健二

(2.11日記より



20.海 堂 × 菊 丸



あのころのおれはあのひとの腕によって守られていたし、あのころのかれだってあのひとの腕によって守られていた。そんなおれたち2人を「まるで子猫ちゃんだね」と形容したのは、いつだってやさしい微笑みを絶やすことのないままであのひとに守られていた栗色の髪のきれいなあのひと。あのひとはあのひとの腕の中で恋をしながらもあのひとであり続けることを決して見失うことなどなかった。しかしあのころのおれたちはそれがどんなに難しいことであったかなんて知るわけもなく、守られるべき子猫でいられることがどんなに簡単で幸せであっただなんてことさえも知りようはずがなかった。今でもはっきりと思い描くことができる、あれは暑い夏の最中で、ぎらぎらとした太陽が腹立たしいほどに照りつける2人きりのテニスコートでの一瞬だった。汗だくのおれと汗だくのかれはさながらSとNの磁石のように引かれ合い、失くした半身であるかのように互いを求め、欲し、くちびるとくちびるでおそるおそる触れ合った。数秒が数十年のようにも感じた。ただ1度、ほんとうに触れ合わせただけの口吻とも言い難いような交渉だった。


『こんなことは』


こんなことはいけないこと、口にしたのはおれの方だったかそれともかれの方だったのか。どちらかがそう言ってどちらかが頷いたその瞬間に、奇しくも惹かれあった2つのあどけない魂ははっきりと分離した。そうしなければこれ以上生きていくことはできないのかもしれないという思い込みもあった、そう、あのころのおれたちは本当に若くて、哀しいほどに若くて、からっぽの脳みそは考えることにひどく敏感だった。あまりにも難しすぎたのだ。あまりにも若すぎたのだ。


『いけないこと』


降りしきる雨の中の2匹の子猫のように寄り添い暖めあって生きていくという選択肢だってなかったとは言い切れない。あたたかい庇護の下から抜け出す勇気さえ持っていれば、今とは違う今だって存在していたのかもしれない。しかしその全ては仮定でしかなく、記憶の隅に埋めたただ1度の口吻は、きっとこれからもおれたちを捕らえて離すことはないだろう。今なら言える。確かに、愛していたんだ。おれたちがおれたちでいられたあのころ、おれたちのあのひとと、あのひとのかれ。



(どちらでもお好きな方の独白でお楽しみください






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