ぱぁん、歯切れのよい音が部室に響いた。頬を打たれたと知ったのは、紛れもないその痛みと、右手を押さえ苦虫を噛み潰したような顔で俺を見る大石を目にしたからだ。そんなかなしい目をしないで俺のかわいいひと。すきだよ。あいしてる。
「なんでだよ」
頬がちりちりする。
「英二先輩」
恋人の平手打ちに倒れ込む裸の俺を、トランクス一枚の桃が慌てて抱き上げた。大丈夫すか、と頬に伸びた手を思い切り払いのけて、出てけ、と呟く。
「えいじせんぱい」
飼い主に捨てられた犬だってお手上げなほどに哀れな後輩の姿、絶望で人が死ぬのならきっとこんな時。
「出てけ桃」
「だってこんな、大石先輩にもちゃんと」
「出てけっつってんだろ」
縋る桃を押し返して床に散った制服を投げ付けると、大石が声を荒げた。英二、英二、英二、
「ごめんな桃」
ごそごそと服を着込む桃の肩に手をやる大石に、怒りや厭味はまるで感じられない。誘ったのは俺で未遂とは言え、自分の恋人と寝ようとしていた後輩に心から申し訳なさそうにうなだれるいい人っぷりに、俺の胸は激しくときめいてしまう。
「いえ、俺が悪いんです、英二先輩は全然悪くなくて、俺が」
「悪いのは英二だから」
大石の大きな手のひらが好きだった。その手にかみを、はだを、からだをなでられるとどきどきした、ぞくぞくした。大きな手のひらが好きだった。手のひらは言った、好きだから抱かない、好きだから抱けない、臆病な手のひらに見切りをつけることのできないだらしのない男が俺。さいあく。
「英二が何をしたいのか分からない」
すいませんでした、マジで、すいません、今にも泣きそうな桃がとろとろと部室を後にする。重苦しい扉の音と同時に、大石はその摩訶不思議な頭を抱えて床に座り込んだ。
「何考えてるんだよ」
「あー…何も」
「だろうな」
腫れた頬に手を当てる。熱を持ってちりちりと主張する痛みが、幸せに溢れてたまらない。
「いい加減にしてくれよ」
幸せが過ぎて呼吸ができない、有り得ないほどの恋を求める俺は間違いなのか。
「不二、荒井、越前、今度は桃。人を傷つけることがそんなに楽しいか」
「でもさぁ、大石」
「もう疲れたよ」
弱々しく呟きながら、大石は桃とのセックスのために俺が自ら脱ぎ捨てた学ランを几帳面に畳み、シャツや下着も同様にしてテーブルに並べていた。
「大石」
なぁ大石どうして分かんないの。
「好きだろ、俺のこと」
何もかもが足りないんだ糸が切れるのは時間の問題、やさしさだけじゃあ満たされないどうしてお前は気付かないの。
「キスしてもいいよ」
「しない」
「抱きしめてもいいよ」
「嫌だ」
「俺のこと好き?」
「ああ」
「俺かわいい?」
「だから性質が悪い」
まるで赤い花がぱっと咲いたよう、手のひらのかたちぴったりに頬がいたいよきもちいいよ、俺は大石の大きな手のひらが好きなんだ。おやすみなさい生野菜、また明日会おうよさよならサンキューまた来てグッバイなんちゃってね死にたいなぁ俺、とにもかくにも愛されたい。すきだよ。あいしてる。
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