「もし、神様がひとつだけ願いを叶えてくれるとしたらさ」
もし・たら・れば・だろう、14の齢に抱いた男はその幸運づいた人生において仮定法を選択し、部活、友人、試験、恋やセックスでさえも自分はそれが前提でありそれが全てなのだと言って笑った。男とのセックスは嫌いではなかった。
「きれいな国の王子様になるんだ」
ふたつの瞳はいつだって俺には見ることのできない何かを映し、どんよりとくすんでいる。
「城や家来なんていらないよ、おれバカだから大きいものなんて扱えないし、冠やマントも似合わない」
台詞から想像する王子になった男は、もう既に見慣れてしまった他校の制服を着ていた。
「小さな花畑でいいんだ」
白い学ラン、オレンジの髪、いつもと変わりのないその姿、しかし胸にはちいさなばらの花。
「おれの花畑には女の子がたーくさんいて、あぁ不動峰のあの子も呼ぼう、おれはみんなにレンゲの花冠を編む、みんながおれのかわいいお姫様」
ただのハーレムじゃねぇか、と言い捨ててくわえた煙草を男はひょいと取り上げて、そのまま俺の首に裸の腕を絡めキスを仕掛けてきた。その背を抱いてベッドに押し付けると、男はこれ以上にないほどの笑顔を見せる。
「幸せだったんだ」
「は?」
「おれ、幸せだったんだよ」
まっすぐに俺を見据えるその目はやはりどんよりとくすんでいて、跡部くん、と薄いくちびるが俺の名を紡いだ瞬間、背筋にぞくりとした感覚が走った。
「王子は幸せでした」
「おい」
つめたい手のひら。
「王子は幸せでした。ピンク、白、黄色、フワフワのドレスを着たかわいいお姫様たちは王子のために笑います。王子はお姫様たちのために冠を編みます。毎日、毎日、王子の周りはいつだって花と笑顔に溢れていました」
語り口調の男の手が俺の頬を包む。想像した、男は白い制服で、胸に小さなばらの花を挿し、花畑の真ん中で冠を編む。
「しかし、ある日のことです」
その目は星のようにきらきらと澄んでいて、
「うつくしい王子の国に隣の国の王様が目をつけ、手に入れようとたくさんの兵士を連れ、武器を持ってやってきました」
その手はやさしくあたたかい。
「この国を渡すことはできないと言う王子を王様は笑って、花畑に火を放ちました。王子の愛した花はめらめら燃えていきます、王子の愛したお姫様たちは泣きながら国を逃げ出しました」
―――
ねぇ、きみ、すごいテニス、するね、もしさ、おれがきみとセックスしたいとおもってたらさ、きみは、あとべけいごくんは、どうする?
「王子は全てを失いました。焼け野原で一人ひざをつき、空を、見上げました。寂しさを知りました。孤独を知りました」
あの時、タブーを軽々しく口にするその生意気な顔を張り倒して無理に犯したのが俺の最大の失敗だった。
「ねぇ」
夕陽の差し込むJr選抜の更衣室で足の間を血だらけにしながら、男は言った、おれ、けっこうよかったでしょ?
「王様は跡部くんだよ」
想像した。
「っていったら、きみ、どうする?」
焼け焦げた原っぱの真ん中で、男は膝をつき一人呆然と空を見上げている。金の冠にビロードの赤いマントを着け、たいまつを持った俺は哀れな王子に歩み寄り、その距離は段々と近しいものになる。
「ねぇ跡部くん、はやく抱いてよ、おれ、跡部くんが抱いてくれなきゃ死んじゃう、死んじゃうよ」
甘えた声で腰をぐりぐり押し付けてくる男は、なるほど確かに死人の顔をしていた。無性に胸が騒ぐ、これは罠なのかもしれないと。
「あとべくん」
しかしそんなことはおそらく問題ではない、今はただ、その狭くて熱い肉の隙間に入り込みたいという衝動に身を任せることが俺には必要だった。
上ずった男の声を聞きながら想像する。
焼け焦げた原っぱの真ん中で、男は膝をつき一人呆然と空を見上げている。金の冠にビロードの赤いマントを着け、たいまつを持った俺は哀れな王子に歩み寄り、その距離は段々と近しいものになる。あとほんの5メートル、というところで、男はずっと放さずにいたのだろう完成間近の花冠を俺に向け、そのちいさな輪から俺を覗き、蛇のようにいやらしく笑った。
『 つ か ま え た
ぁ 』
もし、全て奪われたのが男でなかったとして、俺は孤独を知るだろうか。
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